井上 慎一(いのうえ しんいち、1930年7月30日 - )は、福岡県出身の元プロ野球選手。

経歴

田川高校から三井田川鉱業所を経て、南海ホークスの二軍的なチームだった社会人野球の南海土建へ入部。1952年に南海ホークスに昇格する。

同年は19試合に登板して3勝を挙げると、巨人との日本シリーズで2試合に登板する。翌1953年は大神武俊(19勝)・柚木進(16勝)に続くチーム3番目となる14勝(防御率2.92)を挙げ、南海のリーグ優勝に貢献。しかし、肩を痛めて同年9月中旬以降登板機会がなく、同年の日本シリーズでも出番がなかった。1954年以降は一軍での登板がないまま、1955年限りで現役引退した。

選手としての特徴

下手投げからシュート・ドロップを武器とした。特にシュートは相当威力があり、1952年の日本シリーズで投げた際、巨人の千葉茂が怖がるほどだったという。

詳細情報

年度別投手成績

背番号

  • 11 (1952年 - 1955年)

脚注

参考文献

  • 鶴岡一人『鶴岡一人の栄光と血涙のプロ野球史』恒文社、1977年

関連項目

  • 福岡県出身の人物一覧
  • 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧

外部リンク

  • 個人年度別成績 井上慎一 - NPB.jp 日本野球機構

井上 慎一(ピーチ・アビエーションCEO):FACTA ONLINE

阪神・井上新打撃コーチ 初日から「コミュニケーションモンスター」全開 東スポWEB

11/8 井上投手 インタビュー GIANTS TV

井上、いきなり豪快弾! 履正社、初回から猛攻 全国高校野球 第2日1回戦 zakzak

井上選手、逆転初勝利! お知らせ 山陽学園大学・山陽学園短期大学